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interview
Art of living
どこか懐かしく大衆的な江戸文化に惹かれ
それを生活の中に取り入れたいと思って
Attracted by the Edo era's value for the utility of everyday things and putting things to good use. We want to bring this same value to our time.
鴨川にほど近い小さな町家で住居兼工房を構える「酒器 今宵堂」の上原連さん梨恵さん。お酒を呑む時間を楽しむための器を専門につくり、イベントや展示会を各地で開催しながら店舗や個人のオーダーにも応じてくれる工房だ。
結婚と同時に京都に住み始めて9年目。一緒になるとき、「毎日必ず晩酌しよう」と約束した。「きっかけは、蕎麦の前にお酒を飲む“蕎麦前”という江戸文化です」と連さん。お父さんが陶芸家という幼い頃からの環境もあって、もともと焼き物好き。マニアが喜ぶ骨董も好きだが、大切に飾って眺めるより、それがどんな風に使われていたかに興味が向く。
あるとき江戸風俗研究家・杉浦日向子の『ソバ屋で憩う』という本に出会い、「お酒や蕎麦の味以上に、そこで呑み食いしながら時間を過ごすという行為がとってもかっこよく、素直にいいなと感じました」
夫はゲーム制作の現場から、妻は内定を断って、陶芸の道へ
連さんが陶芸の勉強を本格的に始めたのは29歳のとき。それまではテレビゲーム制作の会社にいた。「いずれ焼き物の仕事をするつもりでしたが、その前に社会で働く経験をしたくて。大学で広告やデザインを専攻したので当時最も面白そうだと思った業界に入りました。で、焼き物をやるからにはきっちり習おうと、一番早く一番厳しく教えてくれる訓練校に入学したんです」
梨恵さんは、スペインの建築家ガウディが好きで「彼のように生涯夢中になれる仕事」を探す23歳の学生だった。器好きだったので陶器を売る会社でバイトをし、その会社から就職の内定ももらったが「売るだけじゃなくて、どうしてもつくるほうをやりたくて」内定先に相談し、紹介してもらったのが京都にあるろくろの職業訓練校。ここでふたりは知り合った。
学生時代は恋人同士ではなかったが、あるとき先生に「一番のライバルは誰や?」と聞かれた連さんは、梨恵さんの名前を挙げた。当時は「自分が思いついたのと同じことを考えているのが悔しい」と感じるくらい志向や考え方に共通点が多く、おかげで今では「自分をもうひとり味方に付けた感覚」と連さん。対する梨恵さんは「へぇ、そんな風に思ってたんやぁ」と笑いながら、「仕事に対する姿勢が好きだったし、やろうとしていることが面白そうだった。一緒に暮らしたら楽しいだろうなと」
梨恵さんは訓練校に入る前、大阪の串カツ屋でもバイトをしていて、大衆的な場所で呑む人々の姿にぐっとくるものがあったという。お酒は楽しいときも悲しいときもそばにある。その悲喜交々を感じる空間が好きだったし、お酒を呑む時間っていいなと思った。ちょうど連さんが「蕎麦前」という大衆の日常をいいと感じたように。
昔ながらの大衆的な器に今宵堂らしいユーモアを添えて
夫婦や親子で窯を共有する陶芸家でも作品をつくる際には個人名にするのが普通だが、連さんと梨恵さんはふたり一緒で、今宵堂。「どんな作品も絶対にひとりではできません」「今日は連くんがろくろで私が絵付けとか、役割はその日の作業内容によって違います」と、今宵堂だけのやり方で器をつくる。
作業は自分たちのペースでしかできないから、疲れたら散歩し、晩酌で気持ちを切り替える。愛娘・ほろちゃんが生まれたことで作業により時間がかかることもあるけれど、今宵堂のお客さんは、娘の成長を見守りながら時間をかけてじっくりつくり上げられるふたりの器を、待っている。
作業スペースの壁にはずらりと貼られた手書きメモ。「注文票です。遅れに遅れています。夜遅くまでがんばっていますがふたりでできることしかできないので、どうしても時間はかかりますね」と苦笑しながら「注文をいただくのは本当にうれしい。お客さんに育ててもらっています。器の大きさや形にしても、お客さんの要望から定番になったものは多いし、お酒のことも日々教えていただいています」と口を揃えた。
今宵堂の器は作家性を感じさせるクールで現代的な作品とはひと味違い、温もりがあってどこか懐かしい風情をまとっている。それでいて、計算された形状的なかっこよさや、シンプルゆえにどんな料理にも合う使いやすさがあり、日々愛用したくなる器だ。それはたまたまそうなっているのではなく、今宵堂の意図するところ。
たとえば、小さめのサイズ感が人気の「蕎麦猪口」は連さんが持っている江戸前期の骨董の形や大きさを再現している。「あの時代は小さめの蕎麦猪口が多く、お茶、お酒、つまみなど何でも入れる雑器として使っていたようです。その骨董に水を入れて測ってみたら半合入れるのにちょうどよくて」と、商品として定番化した。
ハート型の穴がかわいい「バレンタイン猪口」、これもじつは古来の酒呑み文化を引き合いにしている。「高知や鹿児島などお酒の強い地方に可盃(べくはい)という穴のあいたさかずきがあって。指で押さえて一気に呑み干すんです。その穴を今宵堂ではハートにして、いつまでも離さないで、お酒もハートもこぼさないでという意味を込めました」
胴がすぼまったとっくりは、昔ながらの居酒屋でおなじみの形状がモチーフ。「あの大衆的な雰囲気が好きで」と、今では珍しくなった形を再現している。そんな風に、かつて大量生産されていた酒器や、常用されていた生活骨董をお手本にしながら、今宵堂らしいちょっとしたユーモアを添える。そうして生まれるのが、ふたりが目指す「大衆感を含んだ気軽な器」。
しみじみ愛でる器ではなく、お酒を楽しむ日常的な道具
陶芸家というと山中でストイックに作品に向き合うイメージがあるかもしれないが、今宵堂は少々違う。そもそも焼き物の世界では抹茶碗や酒器は高価な位置づけだが、今宵堂の酒器はその点も違う。
「器をひとつ買ってしみじみ愛でてもらうより、暮らしの中でお酒を呑む時間を楽しむ道具として、どんどん使ってほしいです」
作品ではなく日用品。お客さんがほしいと思うものを磁器でも陶器でも何でもつくる。「人の好みはさまざま。うちのお客さんは焼き物好きというより、お酒や晩酌が好きで今宵堂に注文してくださる方が多いので、ほしい器の具体的なイメージがある方がほとんどなんです」
お客さんに何かを伝えたいというよりも、晩酌の文化や時間を楽しんでもらいたい。だから、自分たちが自己主張する必要を感じないという。その柔軟なスタンスも、愛される理由なのかもしれない。
もらいものや買ったものが混ざって並ぶ、日々の晩酌
結婚するときの「毎日晩酌しよう」という約束は守られ、その様子は『今宵堂 晩酌帖』というInstagramにも載せている。ほろちゃんが保育園から戻った後が家族そろっての晩酌時間。「ほんの一皿のアテと、ちょびっとだけのお酒」を用意して。
使うのはもちろん今宵堂の器。晩酌を意識してつくってあるから普通より小ぶり。ほどよいサイズ感の器に、ご近所で買ってきた惣菜やお客さんからのいただきもの、京野菜を使った梨恵さん手製のおひたしなどが手際よく並ぶ。
以前は手の込んだ料理をかっこよく盛り付けようとがんばった時期もあった。でも「そもそも晩酌のよさって気軽さでは?」という思いもあり、あるとき、近所で買った揚げ物をさっと器に盛ってみた。すると、『晩酌帖』を見ている人たちが「親しみが持ててすごくいい!」と口々に言ってくれ、以来、今の気軽なスタイルに。
「枝豆とビールで野球観ながら、お父さんがやってる感じ」。あの気軽さがむしろいいと、ふたりは思う。それを若い人がやるというのがまたいいな〜、とも。「時には手の込んだ料理をつくるのもいいと思いますが、がんばりすぎないほうがいいかなと。小さくて魅力的な商店が多い京都ですから、楽しまないと」と連さんがいえば、梨恵さんも「そうそう。お惣菜を買いに行くときから、晩酌の準備が始まっていますしね、楽しいです」
ほろちゃんのジュースとパパママのお酒をお猪口に注ぎ、「かんぱ〜い!」のかけ声とともに始まる晩酌。「その後は夕食、ほろが寝たらまた仕事。晩酌は時間にすればとても短いし、酔っぱらうほど呑むこともありません。ほろ酔いの、かわいい晩酌です」
取材にうかがった当日は、夕飯時にご近所さんが集ったこともあり、もらいもの、買ったもの、手製のものが混ざってにぎやかな食卓に。
ケンカなんてするんですか?と聞くと、“今までで一番のケンカ”について話してくれた。その原因は「ワインに漬物は合うかどうか」。どこまでも「今宵堂」らしい。
写真 SHIge KIDOUE /文 Kaoli Yamane